皐月に降臨した峻烈なミューズ――カルロス・クライバー1986年来日公演記(その1)

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1986年カルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団日本ツアーのプログラム

巻頭言に代わり 〜音の記憶を綴ることは

はじめまして、こんにちは。耳澄みみすまし@siegmund69)と申します。

歳を経ると、昔を回顧することが増えてきました。

それは今が不満足なのではなく、昔を知っていることの自負とちょっとエラそうな優越感がそうさせるのです。

歴史は巨大なタペストリーのようなもので、その綴れ織は有名無名の人々が形作り、未来に申し送りされていくと思うのですが、もし僕たちがその鼻にかかった昔話をただただ振り回しているだけでは、歴史の綴れ織には模様はおろか何ひとつ残りません。

その大切な記憶を冷静に見つめなおした上でその織りに参加すれば、歴史というタペストリーはもっと鮮明なものになるはずなのです。それぞれが自分の脳裏に貯め込んでいた昔話を形に残しておけば、歴史はより真実の側に近づけていけるのです。

「せっかく編める糸をたくさん持っているのだから、ここで書いてみない?」と誘われたのはごく最近のことなのですが、僕もそろそろ人生の後半戦に入ったので、自信のない織り手ではありますが、これから折に触れて僕の音楽の記憶—綴れ織の一端を記したいと思います。

さて、
ここで、このYouTubeを紹介しようと思います。

1986年クライバー東京公演 ウェーバー、モーツァルト、ブラームス(2020/4/18)

カルロス・クライバー1986年来日公演とは

実はこれを見て今回の音楽的記憶を書いてみようと思い至ったのは、徳岡氏がここで語られているC・クライバー&バイエルン国立管弦楽団の来日公演1986年5月19日の演奏会で隠し録りされた録音の感想は、あながち間違っていないと思ったからなのです。

と同時に久しぶりにその熱狂の記憶が脳裏の底からゆっくりと浮かび上がってきたので、今のうちにあの時の体験を書き留めておかないと、だんだんその細部が消えていって、朧げな記憶の塊に変貌してしまうのではと感じたのです。

「クライバー現象」と徳岡氏が語っていましたが、国内盤仕様が1984年9月5日に発売されたバイエルン国立管弦楽団とのベートーヴェンの交響曲第4番のLPは、「ここでカルロス 火を吹いた」という扇情的な広告コピーと彼が公式に初めて認めたライヴ録音という事が相まって、いやが上にも購買意欲をそそるものがありました。

このアルバムが今日までに累計何枚を売ったのかは知りませんが、この初ライヴ録音は高い評価を得たことは事実であり、それがこの1986年日本ツアーの熱狂を導いたと言っていいと思います。

つまり、それまでのクライバーの来日が外来のオペラ公演(1974年&1981年)という、チケットも高嶺の花ならばオペラというジャンルに限定されていた事もあり、一部の好事家のみが実演に接していた類のものでした。
それが今回、クラシック愛好家の多勢を占めるオーケストラ好きにとっては千載一遇のチャンス!あのライヴ・アルバムの再現を実演で体験できるとなれば、否応にも盛り上がらざるをえません(結果的にこれがクライバーにとって、日本での最初で最後のオーケストラ・ツアーとなりました)

「クライバー現象」というのはこのツアーを端緒に、90年代以降のLD(レーザーディスク)普及に伴う相次ぐクライバーの映像商品の発売が拍車をかけて盛り上がったと私は認識しています。これについてまた別の機会に書きたいと思います。

1986年バイエルン国立管弦楽団日本ツアーのプログラム

ここで1986年C・クライバー&バイエルン国立管弦楽団の日本ツアーのプログラムと日程を記しておきたいと思います。

1986年カルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団日本ツアーのプログラム
1986年カルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団日本ツアーのプログラム(著者所蔵品)

Aプログラム

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲

モーツァルト:交響曲第33番 変ロ長調K.319(注1)

ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73

5月9日(金)19:00開演 東京文化会館(東京)
5月13日(火)18:30開演 名古屋市会館大ホール(愛知)
5月17日(土)19:00開演 昭和女子大学人見記念講堂(東京)

Bプログラム

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92

5月10日(土)19:00開演 東京文化会館(東京)
5月11日(日)14:30開演 神奈川県民ホール(神奈川)
5月15日(木)18:30開演 大阪フェスティバルホール(大阪)
5月18日(日)14:30開演 昭和女子大学人見記念講堂(東京)
5月19日(月)19:00開演 昭和女子大学人見記念講堂(東京)(注2
全8回公演ツアー

(注1)
チケット発売時は、シューベルト:交響曲第3番 ニ長調と案内されていた。ところがツアー初日の5月9日に新聞紙上にて曲目変更が告知された。

朝日新聞 1985年5月9日朝刊 NBS広告
朝日新聞 1985年5月9日朝刊 NBS広告(著者の記録ノートより)

(注2)
5月19日の公演は当初予定には入っておらず、後に追加公演としてチケットが発売された。今では考えられないが、この追加公演は間近までチケットが残っていたため、新聞の広告が入った。

朝日新聞 1986年5月15日朝刊 NBS広告
朝日新聞 1986年5月15日朝刊 NBS広告(著者の記録ノートより)

チケット発売日までの熱狂

東京公演のチケットが発売されたのは1985年12月15日(日曜日)にNBS(日本舞台芸術振興会)の電話予約が最初でした。
そしてその翌週の12月21日(土曜日)にチケットぴあやプレイガイドでの券売が始まりました。

朝日新聞 1985年の期日不詳の朝刊 NBS広告
朝日新聞 1985年の期日不詳の朝刊 NBS広告(著者の記録ノートより)

私はNBSの電話予約に照準を合わせ、コツコツと小遣いを貯め(当時高校生でした)、クライバーをもっと理解するために、例のベートーヴェンの4番のLPを何度も聴き、彼のオペラ演奏も理解したくて、今は亡き六本木WAVEで米ワルター協会のヴェルディ「オテロ」(1976年ミラノ・スカラ座)の海賊盤LPを買ったりしたものでした。

米ワルター協会制作のLPジャケット
米ワルター協会制作のLPジャケット

(余談ながらこの1976年の「オテロ」は、かつて日本コロンビアからも国内盤LPとして発売されていました。米ワルター協会と同じ怪しい音源を使用していたれっきとした海賊盤だったのだから、何とも大らかな時代だったものです。)

こうして私は来たるべき演奏会を夢想しながら、チケット発売日に臨んだのであります。

いよいよチケット発売日!

さてその発売日!
高校生の時に記した私の日記兼記録ノートによると、当日午前10時の電話予約開始から45分後にやっとオペレーターに繋がり、喜びと興奮のあまりに受話器を握る手が震えていたようです。
初日の5月9日の座席は思ったように希望の席種が取れず、予算オーバーした記憶がありました。

兎にも角にも何とかチケットは確保でき、後日NBSより以下のチラシとともにチケットが届いたのであります。
取れたチケットは初日5月9日のAプログラム、そして当初は千秋楽だった5月18日のBプログラムでした。

NBS作成の公式チラシ(表面)
NBSの公式チラシ表面(著者所蔵品)
NBS作成の公式チラシ(裏面)
NBSの公式チラシ裏面(著者所蔵品)
1986年カルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団日本ツアーチケット
私が小遣いを貯めて買ったチケット(著者所蔵品)

小遣いをやり繰りして苦労して取った最初の演奏会だったので、このチケットを目にした時の興奮たるや大変なものでした。
当時の私がどれだけこの演奏会を楽しみにしていたかは、ここに挙げられている新聞の切り抜きなどでよくわかっていただけたかと思います。

次回予告

  • 演奏会当日の熱狂
  • その後の記録
  • C・クライバーの全盛期とは

さて次週はいよいよ私が聴いたその演奏会の熱狂をお伝えできればと思います。

どうぞお楽しみに!

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