巌の音 —「コリオラン」序曲 ベートーヴェン生誕250周年記念シリーズ第2回

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こんにちは。耳澄みみすまし@siegmund69)です。

ベートーヴェン・シリーズの第2回は、円熟期の傑作である「コリオラン」序曲を取り上げたいと思います。
この管弦楽曲は10分足らずの曲ながら、冒頭の激烈な打撃に象徴されるように悲劇性が凝縮された大変優れた一篇なので、是非紹介したいと思っていました。

イシドール・ノイガスIsidor Neugassが1806年頃に描いたベートーヴェン36歳の肖像画(この1年後にコリオラン序曲を作曲)をモチーフにした今回のお題のアイコン
イシドール・ノイガスIsidor Neugassが1806年頃に描いたベートーヴェン36歳の肖像画(この1年後にコリオラン序曲を作曲)をモチーフにした今回のお題のアイコンを作成してみました。
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「コリオラン」序曲は交響詩?!

悲劇「コリオラン」序曲 Op.62
作曲:1807年1月頃
初演:1807年3月中のロブコヴィッツ侯爵邸での演奏会と思われる
出版:1808年1月 ウィーンとペストの美術工芸社
献呈:ハインリヒ・フォン・コリン(悲劇「コリオラン」の戯曲を書いた劇作家)

「自筆スコア譜でのタイトルは最初ドイツ語で「悲劇コリオランへの序曲」と書かれていたが、抹消されて、イタリア後でただ「序曲」と書き直され、そのあと「L.v.ベートーヴェンによって作曲される 1807」とイタリア語の表記が続く。」(下線は著者)
「初版原版にはフランス語で「コリン氏の悲劇コリオランの序曲」とタイトル付けられているので、このコリン氏の悲劇のために書かれたことは疑いようがない」

「ベートーヴェン像 再構築2」大崎滋生

コリンの悲劇はもともと、モーツァルトの《イドメネオ》からアベー・シュタードラが編曲した「幕間音楽」を付けて、1802年11月24日に上演された。(中略)このころから1809年の10月末までたった一回 –つまり1807年4月24日に上演されただけであった。その例外的な上演のために、序曲が作曲されたわけではないことは確実である」

「ベートーヴェンの生涯」セイヤー

「1807年12月に《一般音楽時報》の通信員が「この作曲家による新しい序曲は、・・・熱火と力にみちており、その題記にはコリン作《コリオラン》のために意図した」と書いている事実も、コリンの劇作の4月上演が、ベートーヴェンの音楽なしに行われたことまで立証するものではない」

「ベートーヴェンの生涯」セイヤー

「コリオラン」序曲は上記のように残された自筆譜や歴史的事実からすると、戯曲「コリオラン」を想定した曲ではあったかもしれませんが、作曲家自ら「悲劇「コリオラン」への序曲」というタイトルを抹消している事実からも、「エグモント」のようにその劇に付随した序曲であったかどうか微妙なのかもしれません。
その点で大崎滋生氏が「私の知見が及ぶ限りで言えば、交響詩のルーツはまさにこのベートーヴェン作序曲「コリオラン」にある

「劇的素材に基づきながらその本体とは切り離されて存在する単一楽章オーケストラ作品が歴史上、初めて書き下ろされたのが序曲《コリオラン》である
これは興味深いですし、納得できる説と思います。

Coriolanus, Act V, Scene III. Engraved by James Caldwell from a painting by Gavin Hamilton
Coriolanus, Act V, Scene III. Engraved by James Caldwell from a painting by Gavin Hamilton

「コリオラン」序曲を解剖してみる!

「コリオラン」序曲は「運命」と同じハ短調という調性ですが、最初のC(ハ音)のユニゾンの後にヘ短調(下属和音)A→属七の和音B→ドッペルドミナントの属七Cと不協和音を混ぜながら強烈な打撃が次々と叩きつけられます。
映像的に言うと、引き伸ばしたCの音は被写体に向かってズームしていく絵で、その後の叩きつける和音のたびごとにカットが変わり、恐ろしい光景(例えば様々な悲痛な顔の連続とか)が次々と映し出されるかのようです。

「コリオラン」序曲 冒頭
「コリオラン」序曲 冒頭

そして、やっと15小節目でハ短調に落ち着くのですが、この繰り返される不意な「場面転換」を印象付けるために、ベートーヴェンはティンパニにまでffを付して強音による和音を叩きつけるのです。
その激烈な冒頭の最たる例はのフルトヴェングラー&ベルリン・フィルの1943年のライブでしょう。ここの凄まじさはあらゆる録音の中で筆頭に入る部類ではないでしょうか。

フルトヴェングラーの凄演!

この冒頭の演奏は、叩きつけた和音の後の休符も緊張感に満ちていて、誰もが凍りついてしまうような凄みがあります。
また私が好きなのは、終盤244小節目の第2主題がそれまでよりテンポを抑える所です。束の間の平和を名残惜しむようにも聴こえますし、クライマックスの悲劇的咆哮に向けた不気味な予兆とも取れるからです。

フルトヴェングラーは往時の指揮者同様にスコアに手を加えるのは承知していますが、264小節目からのティンパニをロールに改変して、凄まじいクレッシェンドをかけるのはさすがにちょっと苦笑してしまいます。
ここはそこまで煽らなくても充分悲劇的なクライマックスが築けるような気がします。

「コリオラン」序曲 266〜273小節 拍の頭に叩くティンパニをロールに改変
「コリオラン」序曲 266〜273小節 拍の頭に叩くティンパニをロールに改変
Beethoven – Coriolan – Berlin / Furtwängler 1943

↓ W・フルトヴェングラー&ベルリン・フィル  帝国放送局 (RRG) アーカイヴ 1939-45
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軋みが与える緊張感

「コリオラン」は属七を多用して響きのテンションを高めることで、不安定さと悲劇的な苦味を与えるのに成功していると思います。
この曲最大のクライマックスはホルンが悲劇的な咆哮が聴ける264小節だと思いますが、その前の255〜259小節にかけてのfとpを繰り返しながら低弦の半音で不協和音の軋みを与えることで、よりそのクライマックスの悲劇性を煽っていくあたりは見事だと思います。(以下ムーティ&VPOの映像では6’28”〜。fの軋みの度に響きを溜めるムーティ)

Beethoven – Coriolan Overture, Op 62 – Muti

そして264小節目からのクライマックス。
ホルンの悲劇的な吹奏もさることながら、sfで鋭いアクセントをつける弦の裏拍リズムも更に過酷さを演じます。
1981年メキシコでのC・クライバー&VPOの映像ではホルンより弦のsfを苛烈な振りで煽っていて凄絶でした(以下の映像の0’26″〜 弦楽器に鋭いキューを与えている)
上掲のムーティも裏拍を強調(6’43”〜)

「コリオラン」序曲 266〜273小節 ホルンの裏で弦楽器のsfのアクセントをつけた裏拍リズム
「コリオラン」序曲 266〜273小節 ホルンの裏で弦楽器のsfのアクセントをつけた裏拍リズム
C・クライバー&ウィーン・フィルの1981年メキシコ公演の4月27日のグァナファトでのライブ
ベートーヴェン : 「コリオラン」序曲 244小節からの第2主題を経て、そのsfの激烈なアクセントを振るクライバー

コリオランの演奏

ティーレマンの最弱音

ティーレマン&VPO(2008年)の映像はその伝統的なスタイルと彼らしい神経質なまでに細かいニュアンスが興味深いです。
その一例として繊細極める第2主題です。
ルバートをかけて弱音に導き(例えば5’25″〜)あの巨体が屈んでとにかく最弱音を要求(スコアはpと指示されています)

Beethoven – Coriolan Overture Op.62 – Wiener Philharmoniker – Christian Thielemann

最弱音の最たる例は244小節からの最後の第2主題。
その前のゲネラルパウゼをことさら長くとり、テンポを著しく落として最弱音の主題を奏でるのです(7’11″〜)
やり過ぎとも思う極端な表現だが、本来慰撫的な主題が彼の解釈だと非常に脆く危うい存在として聴こえ、これはこれで面白いと思いました。

「コリオラン」序曲 240〜249小節 総休止の後に第2主題
「コリオラン」序曲 240〜249小節 総休止の後に第2主題

↓ C・ティーレマンのベートーヴェン ~ 交響曲全集 & ミサ・ソレムニス
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クレンペラーの巨大な凄み!

出所の怪しい海賊盤ではありますが、クレンペラー&バイエルン放送響の1969年ライブの凄みは時折聴きたくなる演奏です。
このライブ当日は4番と運命が演奏されEMIからも正規盤が出ていますが、何故かこのコリオランのみ正規としては今もってリリースされていません。しかしこの海賊盤の音質クオリティは悪くないです。

最晩年の非常に遅いテンポでのアインザッツで、ティンパニや低弦が「ズ・ドーン」と微妙に遅く入るサウンド、時折びっくりするような巨匠的アゴーギクなど一時代前のガジェット満載ですが、この曲の要となるティンパニ&低弦をよく効かせ、フレーズが生き生きとしているのが素晴らしいです。
微速前進テンポなので、非情な宿命が立ちはだかる様な巨大な演奏!

ノリントンの息だえるような死

モダン楽器によるピリオド系だと個人的に印象に残るのはノリントン&N響(2012年)。
バロック・ティンパニの強烈な打撃、記譜に忠実なアーティキュレーション、ノリントン印とも言えるノン・ビブラートと波状的な抑揚など饒舌な話法が愉しい。

まず冒頭のバロックティンパニならではの強烈な打撃はフルトヴェングラーに肉迫する迫真!また118小節目からのvaとvcによるアルペジオで2と3拍目の半音で推移する所を山とした抑揚は不安な呻めきを醸し出します(以下のYouTubeの10’35”〜)

そして秀逸なのはコーダ。チェロが語るpiu pianoの第1主題は次第に音価が伸びてゆき、最後は白玉の長い伸ばしで事切れるよう演出されます。
ここはノン・ビブラートの効果が余計に際立ちますし、307-309小節にかけて1stvnと共にフワッと膨らんでは消えてゆく様は、まるで今際の際の最後の呼吸のようで、この表現は深く感じ入ります。(14’58”〜)

「コリオラン」序曲 305小節〜最後
「コリオラン」序曲 302小節〜最後
Beethoven Coriolan Overture Op 62 Roger Norrington NHK Symphony Orchestra

D・ハーディングの快演!

HIPアプローチではアーノンクール&ヨーロッパ室内盤もいいですが、D・ハーディング&ドイッチェカンマー盤はアーノンクールの衣鉢を継ぎ、更に深掘りした演奏で私は好んで聴いています。
特にクライマックスの悲劇的な咆哮はホルンもさることながら弦の弱起のリズムのff→sfの苛烈さが素晴らしい!!このベートーヴェン序曲集はHIPアプローチの中でも名盤だと思います。

たった10分の世界ですが、こんなにも濃密な「交響詩」を描いてしまうなんて、さすがベートーヴェンですよね!

ではまた次回!

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